完全なる作戦勝ち!Dream Theater – The Astonishingの本当の脅威をあなたはまだ知らない!
by 関口竜太 · 2022-09-06
こんにちは、ギタリスト/音楽ライターの関口です。
本日はDream Theater(ドリーム・シアター)の『The Astonishing』について解説していきます。
発売前から「2枚組」や「34曲収録」といった、なんかどでかい作品がリリースされるらしい情報がSNS等を駆け巡っていた本作品ですが、当ブログでは以前にもアルバムレビューとしてこの作品を扱っていました。そちらも合わせてご覧ください。
Dream Theater「The Astonishing」: 米プログレメタルバンドによる本格ロックオペラを徹底解説!&同時期のThe Neal Morse Bandとの比較。
前作『Dream Theater』から2年半、長らく彼らの作品を待っていたファンにとって、長尺・テクニカル・ヘヴィメタルの全てを一旦脇に置いたこの作品を受け入れることは難しく、賛同するファンもいれば戸惑うファンもいるなど、意見は二分化しました。2010年のマイク・ポートノイ(Mike Portnoy)脱退からそれでも一応追う形を見せていたファンの中でも、これをきっかけに離れる人がいたことも事実だと思います。
ただ発売から6年経った今改めて聴いていて、やはりこのアルバムは名盤すぎないか?ということで、今日は音楽作品としてもビジネスモデルとしてもど真ん中なのに賛否の分かれる『The Astonishing』のお話をしていこうと思います。
動画はこちら▼
なお、この作品を語る上で欠かせない「ストーリーの解説」については上記リンクの動画で行なっていますので、『The Astonishing』のストーリーをなんとなくしか知らないなーという方は是非ご覧になっていただけると幸いです。
Dream Theaterに訪れた3つの転機~
『The Astonishing』までの経緯
Dream Theaterの歴史は前身のThe Majesty結成である1985年にまで遡りますが、デビューした1989年から大きな転機となったことが主に三つ存在します。
一つは、2ndアルバム『Images And Words』のリリース。そこに収録された「Pull Me Under」のヒットを受けプログレッシブ・メタルというジャンルが世界的に認められた功績が大変大きいです。
二つ目は、5thアルバム『Metropolis Pt.2: Scenes From A Memory』の時期。それまでの行き詰まりを打破した彼らの底力とこのアルバムから加入したジョーダン・ルーデス(Jordan Rudess)との完成されたサウンドは、その後10年に渡って安定的な評価を得るきっかけとなります。
三つ目となるのは、結成からバンドを支え続けたドラマー、マイク・ポートノイ(Mike Portnoy)の脱退と、新メンバーのマイク・マンジーニ(Mike Mangini)の加入。これは直接彼らのファンでなくてもメタルファン、プログレファン両方に衝撃を与えました。
新たな編成となったDream Theaterはブレインであったポートノイが抜けたことによるショックの緩和を狙い、2011年にファンがイメージするDream Theater像へ原点回帰したアルバム『A Dramatic Turn of Events』を発表。そこからセルフタイトルの『Dream Theater』をリリースし、これまで通りバンドの軸がぶれないことを示唆しました。
以上の経緯を踏まえ、2016年にリリースされた13thアルバム『The Astonishing』を見ていきましょう。
ストーリーをベースとしたコンセプトアルバムとしてはバンド史上2枚目となる本作。2013年半ばにジョン・ペトルーシ(John Petrucci)が原案となるストーリーを書きはじめ、翌年にはメンバーにそのアイディアを持ち込みます。『Metropolis Pt.2』がミステリー/サスペンス要素を含んでいたのに対し、今回は、未来における架空のディストピアを舞台としたSFという世界観。「ゲーム・オブ・スローンズ」、「スター・ウォーズ」、「ロード・オブ・ザ・リング(指輪物語)」といった壮大なSF作品をヒントにしたことが、ペトルーシから語られています。
もっとも、ペトルーシのファンタジーに対する嗜好は『Systematic Chaos』に収録された「In the Presence of Enemies」のころからすでに顕在化していました。
本作のミックスには、第六のDream Theaterと呼ばれるリチャード・チッキ(Richard Chicyki)が抜擢。彼については以前ジェイムズ・ラブリエ(James LaBrie)についての記事でもお話しているのでそちらもご参照ください。
「雇われボーカル」は禁句です!世界に愛されるメタル界のトップ・シンガー、彼の半生はみんなの人生!James LaBrieのすべて!
さらに実際のレコーディングには全編においてフルオーケストラを起用。Dream Theaterは13枚目にして初の本格ロックオペラ作品へと乗り出します。
昨今の音楽ビジネスモデル
昨今の音楽のビジネスモデルの形態として、かつてようにプロモーションを行なってCDやレコードを売るのではなく、比較的収益率の高いライブに来てもらうため、そのプロモーションとしてCDやレコードを売るという形に世情は変化してきています。
CDアルバムを、音楽を聴くだけの一次元的な捉え方で売るのではなく、コミックスや小説、または映像作品とマッチングさせたメディア・ミックスを展開してリスナーに楽しんでもらうという動きがここ数年顕著に出てきていますよね。
そして、この『The Astonishing』もまさにその潮流に乗った作品になります。
Dream Theaterは9thアルバム『Systematic Chaos』からこのアルバムまで、Roadrunner Recordsと契約しているのですが、このRoadrunner Recordsというレーベルは非常に商売上手で、バンドの本企画を全面バックアップできる力も持っていました。
その概要は、リリース前から特設のウェブサイトで物語にまつわるマップや登場キャラクターなどの視覚要素、イメージなどの情報を詳細に発信し続ける用意周到さ。英語版のみですがアルバムと連動させたスマホゲームをリリースしたり、ペトルーシのMusicman Majestyも今作仕様で作るなど予算も糸目をつけません。
物語を音楽と連動させるという考え方は昔からあるし、音楽を作る人作らない人問わず、誰しも脳内で一度は妄想したこともあると思います。Dream TheaterとRoadrunner Recordsが組むとここまでの規模になるというのは本作の偉大さを知るうえで重要な知識と言えるでしょう。
『Metropolis Pt.2』との違い〜ロック・オペラについて
続いて、ストーリー・コンセプト作として同バンドで有名な『Metropolis Pt.2』との違いにも触れておきます。
「メトロポリス」とこの作品との決定的な違いは、製作段階での手順による違いです。
「メトロポリス」は先に曲の原型があり、それを拡張させています。『Images And Words』の「Metropolis Pt.1」のストーリーを整合・拡張・肉付けして、すでにできているフレーズやモチーフを活かしながら、一曲分のボリュームをアルバムサイズまで膨れ上がらせています。
対して『The Astonishing』は先に物語を作ってから作曲をしています。曲ありきでストーリーが進行するのではなく、物語に合わせて曲が表情を変えるっていうのが二つの作品の大きな違いになります。
これだけのストーリーがすでにできているため、それに沿って曲作りをしていった結果、2枚組という大作に着地したわけですね。
それと本作をカテゴライズする単語としてロック・オペラというキーワードも見過ごせません。1967・68年以降、バンドがアルバムを単なる曲の寄せ集めではなく一枚で作品としての意図を盛り込ませる、コンセプト・アルバムに乗り出す動きが出てきていました。
コンセプト・アルバムとロック・オペラとの明確な差は実のところとても曖昧で、それはロック・オペラ作品というものの中にコンセプト・アルバムは内包されているためにあります。
ロック・オペラの代表作でいうと、元祖はThe Whoの『Tommy』が有名です。’70年には映画音楽の巨匠Andrew Lloyd Webberの『Jesus Christ Superstar』、これはロック・ミュージカルと言ってもいいかもしれませんね。プログレッシブ要素も多いので要チェックです。
そして忘れてはいけないのがPink Floydの『The Wall』。これについてはペトルーシが本作を作るためにかなり意識したということが語られています。さらにRushの大作『2112』では、音楽でディストピアを表現するといったテーマが描かれていて、これも本作の根本にあるファクターと言えます。
楽曲について
音楽的な解説は以前のブログに書いてある上、文字で見るより実際に聴いてほしいところなのですが、要所要所簡単に触れておきます。
アルバムは34曲がDisc1と2の隔たり以外ほぼノンストップで進行していき、様々なテーマを行ったり来たりします。その中で途中、#1「Descent of the Nomacs」、#11「The Hovering Sojourn」、#17「Digital Discord」、Disc2の#6「Machine Chatter」や#13「Power Down」といった曲は物語の世界観を示す、Nomacsによるノイズミュージックになります。
ボーカル楽曲では、D1-#3「The Gift of Music」やD2-#12「Our New World」などMVも作られたキャッチーなロックナンバーの他、D1-#6「Lord Nafaryus」、#14「Ravenskill」、D2-#7「The Walking Shadow」と言った物語の情景やキャラクターの個性を切り取ったバリエーション豊かなアプローチも多く聴けます。
プログレメタルな曲としては、D1-#10「Three Days」、#19「A New Beginning」、D2-#2「Moment of Betrayal」などコンパクトながら変拍子とヘヴィなリフでまとめ上げた佳曲が目立ち、これまでのDream Theaterのように曲がどこかで旅に出ることなく、あくまで全体を意識した構築となっています。
他には、D1-#12「Brother, Can You Hear Me?」やD1-#9「Act of Fayth」などのように、「登場人物のテーマ」というものがあって、そこでのメロディが出てくるとそれぞれ対応したキャラクターが動いているように感覚でわかるようになっているギミックもにくいです。
そして、それらのキャラクターをたった一人で演じ分け歌うラブリエの表現力こそ本作のMVPと言えるでしょう。
ラストとなるD2-#14「Astonishing」ではそうした様々なテーマを引用して壮大な大団円で終幕しています。
最後に
ということで『The Astonishing』の解説は以上となりますが、このアルバムの醍醐味はパッと聞きの完成度の高さもありつつ、聴けば聴くほど内容を理解したくなってくるところにあると、個人的に思います。それこそがプログレッシブ・ロックの醍醐味でもあり、本作でDream Theaterが意図したところでもあるわけですね。
一方で、なんか聴いたけど物足りないという人は、これの後に従来のDream Theater作品を聞きたくなるっていう副作用まであるんですよね。だから『The Astonishing』を聴いた人は、その自己評価に関係なく次に聞くのもDream Theaterになるというトリックにハマってしまうわけです。
今回の解説で大まかな全体像をお手軽に理解できると思うので、ヘビロテした人も敬遠した人も今一度通しで聴いてもらえると新しい発見に驚かされると思います。
動画ではこの作品のストーリー解説も行っていますのでよろしければそちらもどうぞご覧ください。
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タグ: Dream Theater
関口竜太
東京都出身。ギタリスト、音楽ライター。 14歳でギターを始め、高校卒業と同時にプロ・ギタリスト山口和也氏に師事。 ブログ「イメージは燃える朝焼け」、YouTube「せっちんミュージック」、プログレッシヴ・ロック・プロジェクト「Mind Over Matter」を展開中。2021年から『EURO-ROCK PRESS』にてライター業、書籍『PROG MUSIC Disc Guide』にも執筆にて参加。
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