今日、真実をお話しします。Dream Theater史上最も数奇なアルバム『Falling Into Infinity』が秘めた未知の世界へようこそ!
by 関口竜太 · 2022-05-30
こんにちは、ギタリスト/音楽ライターの関口です。
今日はDream Theaterの『Falling Into Infinity』、こちらのアルバムについてお話ししていこうと思います。
みなさんはこのアルバムについてどんなイメージを持っていますか?
- 商業路線を意識したアルバム
- ポップでライトな曲が多い
- 全体的にしっとりしている印象
- 実はバリバリプログレメタルなアルバムより好き
などご意見、結構ありそうです。
もちろんそれらの意見は全然間違っていないんですが、今日はこの『Falling Into Infinity』の裏側、CDを聴いただけではわからないバックグラウンドと、可能性としてありえた「もう一つの『Falling Into Infinity』」というテーマでお話ししていこうと思います。
なお、アルバムのレビューについては以前のブログを参考にしていただければと思います。
Dream Theater「Falling Into Infinity」: 商業戦略に揺れた不安定期は梅雨の如し(試聴あり)
動画はこちら▼
『Falling Into Infinity』の基本情報
まずはDream Theater、『Falling Into Infinity』についての基本的な情報からさらっていきます。
『Falling Into Infinity』は1997年にリリースされた、バンド4枚目のスタジオ・アルバムです。
これの製作過程では、私生活でメンバーそれぞれに新しい命が誕生したり、逆に不幸が相次いだりして「感情のローラーコースター」だと本人たちも発言しています。そうした起伏の激しい実情が曲にも繊細に反映されているアルバムですね。
それと、歴代キーボーディストの中でデレク・シェリニアン(Derek Sherinian)が参加した唯一のフル・アルバムになっています。本当はこの段階で一度ジョーダン・ルーデス(Jordan Rudess)にオファーをかけているのですが、彼がDream Theaterの誘いを蹴ってDixie Dregsのツアーに参加してしまったので、ツアー・サポートだったデレクが代わりに加入したという経緯があります。
基本情報はこのくらいですが、この2年前にはミニアルバム『A Change Of Seasons』をリリースしていて、1995年は1月に3rdアルバム『Awake』のツアーと10月の『A Change Of Seasons』のツアーで2度来日している、Dream Theaterイヤーだったんですよね。ちなみに、1995年1月ということでピンと来た人もいるかもしれません。このときDream Theaterは『Awake』のツアーで大阪にいたわけですが、大阪公演初日が行われた翌日は1月17日。そう、実はDream Theaterは大阪のホテルで阪神・淡路大震災を経験しているんですね。当時の記録で大阪は震度4くらいで、ツアーメンバーやスタッフは大事にいたらなかったようですが、2日目の公演は中止になってしまいます。
レーベルとの対立
さてさて、『A Change Of Seasons』のツアーも無事に終了し、バンドは結構勢いづいていたわけです。
そこでさっそくニュー・アルバムに向けて構想を練って、ドラムのマイク・ポートノイ(Mike Portnoy)が「2枚組アルバムを作ろう」と提案するわけですね。
実際長い時間をかけて、バンドは16曲で2時間半という膨大なデモを作るわけですが、レーベルに話をもちかけた段階でこれを一蹴されてしまうんですね。
「いやダメだよ。君たち、「Pull Me Under」がヒットして何年経つの?そろそろあれくらいのヒットを飛ばせるラジオ・フレンドリーなアルバムを作ってほしいんだよね」
って言われてしまうわけですよ。
まあ悔しいけどぐうの音も出ないわけで。ただやはりというかポートノイはまだ納得していないんですね。
「ジェイムズ、レーベルにはあんなこと言われたけど、プログレッシブなアルバム作ろうな!」
ポートノイはジェイムズ・ラブリエ(James LaBrie)に言い寄るんですが、
「いや僕もレーベルと同じ意見だよ、ヒットしないと」
ってことでラブリエはあっさりレーベル側の提案に乗ってしまいます。
まあボーカルに寝返られたくらいではポートノイはめげないです、次にジョン・ペトルーシ(John Petrucci)のところに行きます。
「ジョン、今度のアルバムは2枚組で推し進めよう!」と再度アプローチ。
ところがここでもペトルーシに
「ああ、ごめんね、レーベルからデズモンドと仕事するように言われたじゃん。そのデズモンドがさ、ギター録り直して欲しいって言うからちょっと行ってくるね」
みたいな感じで断られて、ポートノイは頼みの綱の盟友にすら裏切られた気分になっていきます。
二人の外部協力者
ちなみに今ちらっと言ったんですが、「ラジオ・フレンドリーなアルバム」を作って欲しいレーベル側の意向として、二人の人物を紹介しておきます。
まず一人目はプロデューサーのケヴィン・シャーリー(Kevin Shirley)です。彼はJourney、Aerosmith、Iron Maiden、あとグランジ期のRushなど、売れ線の作品を手掛ける敏腕プロデューサーでして、Dream Theaterはこのあとも『Once In Live Time』で彼を頼ってます。
もう一人はデズモンド・チャイルド(Desmond Child)。さきほどペトルーシが言っていた人物ですね。彼はレーベル側による「外部作曲家との共同製作」という条件のもと声がかかったアレンジャーでして、本作では「You Not Me」のアレンジに加わっています。ペトルーシが言っていたギターの録り直しもこの曲ですね。
デズモンドがこれまで手がけた代表曲は
- Bon Jovi「Livin’ On A Prayer」「You Give Love A Bad Name」
- Aerosmith「Dude」「Angel」「What It Takes」
- KISS「I Was Made For Loving You」
などなど。アレンジャーとしてはめちゃくちゃ有能でして、こう見るとレーベルも単にバンドを窮屈にしてやろうとかじゃなくて、なんとかDream Theaterに売れて欲しいって思ってた節が伺えますよね。
ただ、ポートノイ的に、こういうヒットメーカーとの共同作業を強いられるっていうのはリーダーとしては面白くないわけですよ。デスモンドが作曲に加わった「You Not Me」も、デモではタイトルが「You Or Me」になっていました。あからさまにタイトルを改変しちゃうポートノイの意地悪さ(主張)がここで出ています。
しかもですね、その頃ポートノイはアルコール依存にも苦しんでいた時期でして、さらにラブリエやペトルーシを初め、メンバーが自分よりレーベル側の意見を尊重している現実にかなり苛まれます。実際解散寸前までいったらしんですよね。そのくらい堕ちていったアルバムです。
そんな最悪な環境の中でも光はありました。それがデレクですよ。彼による本作での功績は大きくて、独特なリード・サウンドやプレイイングはもちろんなんですが、現場では常にムードメーカーとして、明るく振る舞っていたんですよね。デレクがいなかったら本当にDream Theaterは空中分解していたんじゃないかなと思います。
のちに、ポートノイが2017年にSons Of Apolloを結成したときデレクに声をかけた理由が、このエピソードを知っているとなんとなくわかりますよね。
妥協に妥協を重ねた作品
そして色々すったもんだありましたが、アルバムはキャッチーな楽曲が並んで、曲のサイズも比較的コンパクトに仕上げられたDream Theaterとしては今聴いても異色な雰囲気のあるアルバムになりました。
なお当初はこのアルバムのタイトルを『Stream Of Consciousness』にする予定だったのですが、2枚組でなくなったことでそこまで大袈裟なタイトルにする必要もなくなって『Falling Into Infinity』に落ち着きました。仮タイトルはみなさまご存じ、『Train Of Thought』のインスト・ナンバーとして再度登場しています。
ポートノイからは「妥協に妥協を重ねたアルバム」と手厳しい自己評価が飛び出しましたが、それはあくまでポートノイが好きにできなかったという主観による評価なのでアルバムのクオリティとは直結しないと思いますね。
しかしながらですね、「As I Am」のときもそうでしたが、一応歌詞で文句言ってますwこのアルバムでは「New Millenium」「Burning My Soul」「Just Let Me Breath」の3曲がそれに当たるんですが、
歌詞を少し紹介すると、「気持ちをしっかり持って辛抱強く待とう」とか「苦労の種が絶えない」「俺が緑と言えば、お前は赤という」「俺の人生を支配するのはお前の言葉」「毎日あきもせずにMTV、そんなものばかり見てたんじゃ脳みそ腐っちまうぜ」といった具合でフラストレーションが楽曲に現れていますね。
可能性としてあり得たもう一つの『Falling Into Infinity』
さて、本編『Falling Into Infinity』はこのくらいなのですが、冒頭でお話ししました、もう一つの『Falling Into Infinity』があります。それがこちら。オフィシャルブートレグシリーズとしてリリースされた『Falling Into Infinity Demos, 1996-1997』ですね。
本来の構想を残した2枚組大ボリュームのデモ・アルバムなんですが、デモ段階でかなり曲が完成されているんですよね。
ここに収録された「Raise the Knife」「Where Are You Now?」「The Way It Used To Be」「Cover My Eyes」「Speak To Me」など数曲は収録を見送られてしまうんですが、「Raise the Knife」については20周年ライブ盤の『Score』で演奏されていますのでそこでも確認できます。
しかしその中で今回注目したいのは、アルバムの最後にある21分の大作インスト「Metropolis Pt.2」ですね。この曲がなんなのか、これもDream Theaterファンのみなさまには説明不要ですが、このあと1999年にリリースされる大名盤『Metropolis Pt.2: Scenes From A Memory』の初期構想になりますね。
インタビューからわかるのは、パート1のリズムやモチーフを引用してさらに発展させて、歌詞もストーリーを進ませるという僕たちが知っているパート2の大まかな情報だけで、実際デモ音源の方も、まだまだ次はぎのセッションインストといった感じです。
しかしですね、もし仮にレーベルがバンドの打診を否定せず「いいよ、2枚組で出しなよ」ってOKサインを出した場合、この「Metropolis Pt.2」が『Falling Into Infinity』のラストに収録されていた可能性は大きいんですよね。となると、ここでDream Theaterの未来って分岐しているんですよ。
99年の『Metropolis Pt.2』を作るに至った経緯は、レーベルの努力虚しく『Falling Into Infinity』のセールスが思うように上がらなかったことで、再度ポートノイから「次は自分達の思うようにやらせてもらうからな」という要求を受けた結果なんですが、きっと曲としての「Metropolis Pt.2」を収録していたらDream Theaterの未来は今と違っていたはずですよね。となれば、やっぱりレーベルの判断は正しかったんじゃないかなって思います。
実は運命がここで変わっていたと言っても過言ではない『Falling Into Infinity』のお話し、あなたはどちらの未来がよかったと思いますか?
おわりに
ということで、今回は『Falling Into Infinity』の裏話でした。レビュー記事ではここまで掘り下げたことは言えないのでずっと燻っていたのですがようやく吐き出せて一安心。
補足になりますが、このアルバムではレコーディングの方式を「曲単位」から「パート単位」に切り替えたというのがあります。それまで一曲を仕上げるように各パートを録音していたのに対し、『Falling Into Infinity』ではパートごとに全曲通して録っていくという手法になっています。ヘヴィもポップもあるのに音に統一性が見られるのはそのせいかもしれません。
同様の内容で動画もありますので是非そちらもご覧ください。また高評価、チャンネル登録、コメントもいただけると幸いです!
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タグ: Derek SherinianDream TheaterJames LaBrieJohn MyungJohn PetrucciMike Portnoy
関口竜太
東京都出身。ギタリスト、音楽ライター。 14歳でギターを始め、高校卒業と同時にプロ・ギタリスト山口和也氏に師事。 ブログ「イメージは燃える朝焼け」、YouTube「せっちんミュージック」、プログレッシヴ・ロック・プロジェクト「Mind Over Matter」を展開中。2021年から『EURO-ROCK PRESS』にてライター業、書籍『PROG MUSIC Disc Guide』にも執筆にて参加。
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