RPWL「Beyond Man and Time」: 自らを全肯定して「人生」を超えていけ…哲学の国ドイツが生んだギルモア系プログ・バンドの傑作5th!
by 関口竜太 · 2021-03-18
こんにちは、ギタリストの関口です。
過去に紹介した作品の密度を高くしてお届けするアーカイブ&再編集の第8弾。今回はRPWLの『Beyond Man and Time』をご紹介します。
Beyond Man and Time / RPWL
RPWL(アール・ピー・ダブリュー・エル)はドイツのプログレッシブ・ロック・バンド。
来歴
ミュンヘンの北側に位置する都市フライジングで、80年代後半より活動していたシンフォニック系ロック・バンド、Violet Districtがその前身に当たります。
ネオ・プログレッシブ・ロックが勃興した80年代の代表格Marillionや、UK五大プログレ・バンドPink Floydからの影響を受けたこのバンドは、1992年には『Terminal Breath』というアルバムをリリースし、その音楽性も高い評価を受けることになります。しかしながら、一時は大手レコードレーベルBMG Ariolaから関心を引くもついに契約までには至らず、そのまま1997年に解散を迎えます。
解散したViolet Districtに所属していたギタリストKalle WallnerとベーシストChris Postlは新たなバンド結成に向け、当初はPink Floydのカヴァーを行うセッションバンドを結成。キーボード/ボーカルのYogi LangとドラマーPhil Paul Rissettioをメンバーに迎えて、それぞれの頭文字からRPWLを名乗るようになります。
そしてそんなカヴァーで培った演奏力と、Porcupine TreeやDavid Gilmourから受け継ぐ音楽性を持って、2000年に1stアルバム『God Has Failed』でデビュー。この時創設者の一人であったクリスがバンドを離脱しています。
2003年にはドラムのフィルが2ndアルバムリリース後にバンドを脱退、2005年に一度復帰していますが、いずれにせよ2010年には再び脱退をしています。
リズム隊が出たり入ったりとするRPWLですが、それ以降は比較的安定します。2010年までにオーストリアから新ドラマーMarc Turiauxと新ベーシストWerner Tausを迎え、2012年、5thアルバムとなる本作『Beyond Man and Time』をリリースするに至ります。
2021年現在、最新作は2019年リリースの『Tales from Outer Space』です。
アルバム参加メンバー
- Yogi Lang – Vocals, Keyboards (1997-present)
- Kalle Wallner – Guitars (1997-present)
- Markus Jehle – Keyboards (2005-present)
- Marc Turiaux – Drums (2008-present)
- Werner Taus – Bass (2010-present)
その他参加ミュージシャン
- Manfred Feneberg – Percussion on #10
楽曲紹介
- Transformed
- We Are What We Are
- Beyond Man and Time
- Unchain The Earth
- The Ugliest Man In The World
- The Road Of Creation
- Somewhere In Between
- The Shadow
- The Wise In The Desert
a. The Wise In The Desert
b. The Silenced Song - The Fisherman
a. High As A Mountain [Part 1]
b. The Abyss
c. High As A Mountain [Part 2] - The Noon
テーマ〜ツァラトゥストラはこう語った
さて、本作のテーマはフリードリヒ・ニーチェの「ツァラトゥストラはこう語った」がベースとなっています。わからないという方のために超ざっくりご説明しますと、ニーチェは19世紀、プロイセン王国(現在のドイツ)の哲学者で、それまでの(今の感覚からすると)ファンタジックな哲学という学問から、実存主義という人間の本質を説いた人物です。
その著書「ツァラトゥストラはこう語った」は彼が人生を投げ打って書いたとされる作品で、それまで絶対的なものだと信じ込んできた神という存在を、人間は科学によって否定してしまった背景から始まります。もはや信仰という心の拠り所を無くし、信じれるものは己だけとなった今、自分にすら頼れず絶望に朽ちていく「末人(まつじん)」とならないよう警鐘を鳴らしたのが、この著書の主人公ツァラトゥストラです。
この「末人」やそれに対抗する「超人」と言った独特の表現はここでは深く踏み込みませんが、「永劫回避=同じ人生を無限に繰り返す」という思想を仮説に立てたとき、なら人は「末人」ではいられないよね、頑張って!と説いたのがニーチェというわけです。
楽曲紹介
アルバムは16分の大作を含む、全11曲で74分という贅沢すぎるボリュームでこの難解なテーマに挑んでいます。
#1「Transformed」は浮遊感のあるアンビエントを有したイントロダクションで、宇宙的なサウンドとパーカッションの2分間。
そこから繋がる#2「We Are What We Are」は、メランコリーな雰囲気を漂わせながら、Steven Wilsonを思わせるサウンドのギター・リフやポップな歌メロが展開。これがRPWLの基本系となる大きな特徴です。かなりPink Floydぽさを感じることもできると思いますが、クリアな音質とWeezerを思わせるわかりやすいメロディが自然と体に染み渡っていきます。6:14〜はウォールナーによるサスティナー・ギターのソロも聴けて非常に心地いいです。
#3「Beyond Man And Time」はそんなウォールナーの弾く哀愁たっぷりなイントロが実にノスタルジー。ゆったりとしたテンポに繊細なクリーンのアルペジオ、ジャズも感じられるベースとドラムのセクションに、ボーカルのラングが静かに語りかけます。
「A world with no light=光のない世界」、「A mind with no will=意志のない心」……冒頭でご説明した「ツァラトゥストラ」について少なからずご理解いただけたのであれば、アルバムのタイトルとそれを反映したこの歌詞の意味が少し見えてくると思います。
再びスペーシーな雰囲気を提示する#4「Unchain The Earth」。この曲は特にフロイド感が強く、暗いアンダー・トーンに光の粒のようなキーボード、そしてテンポ・アップからキャッチーな歌メロへ展開していきます。
Dream Theaterの「Lifting Shadows Off A Dream」にも同様の雰囲気があって、あれもフロイドからのインスパイアだと思うのですが、そうするとこの2曲から、フロイドに対する共通認識があることがわかります。
#5「The Ugliest Man In The World」は力強いロック・リフと繊細なアコースティックとの二面性が印象的なナンバー。サビやインターバルにおけるベース・ラインにおいてもブルース・ノートを基本として構築しているため、その辺りにギルモア系プログを作るヒントが隠されていると思います。4:28〜はマルクスの軽快なキーボード・ソロ。
エスニックなシタールのパルスと、歌メロと同調したコード・リフから始まる#6「The Road Of Creation」。ダーティーなボーカル・エフェクトと激しいアンサンブルが特徴で、本作においてもハイライトと呼べるロックなテイストが魅力です。
#7「Somewhere In Between」はメタロフォンとアトモスフィアなキーボードが空気を密にする2分半ほどの小曲。中盤から差し込まれるメロトロンもノーグッドで’70年代的です。
#8「The Shadow」はデジタライズされたドラムとギターの導入から、ブラス・セクションも加え豪華なサウンドを演出。#9「The Wise In The Desert」は5分半ながら2部構成となり、幽霊的なシンセのフィーリングや、シングル・コイル・ギターのカラッとしたコード・ワークがピアノのように打ちつけます。ドイツのバンドだと忘れてしまうくらいブリティッシュです。
#10「The Fisherman」は本作のハイライト、3部構成16分の大作となります。「High As A Mountain」という2パートのテーマで、その対極にある「The Abyss」をサンドする構成になっています。まさに「末人」と「超人」への芸術的解釈ですね。
「High As A Mountain Part.1」では、#6同様にシタールのサウンドが印象強いオープニングやアンニュイなラングのボーカル、ゲストであるドラマーManfred Fenebergのパーカッションがワールド感漂うこの曲に一躍を買っています。
中盤のパート「The Abyss」では幻想的でプログレッシブなアレンジが多数。キーボードのオスティナート、ジュワッと染み込むウォールナーのギター、オルガンや、テクニカルかつエモーショナルなギター・ソロの数々は彼らを構築する多角的な影響を大きく感じます。プログ好きには至福の時間と言えるインターバルです。
#11「The Noon」はフロイド・ライクな4分ほどのエンディング。フェイザーをかけたギターのアルペジオに穏やかなラングのボーカルが静かに語りかけ、アルバムは幕を閉じます。
最後に
Pink FloydやDavid Gilmour、そしてSteven Wilsonが好きなら間違いなくハマるし、逆にこのアルバムが好きな人にはそれらのフェイヴァリットを強くおすすめできます。
しかしながら、単に’70年代スピリット全開のプログかと言われるとそうでもなく、ネオ・プログレッシブ・ロックだったりブルースだったりオルタナティブだったりと、フロイドという軸に彼らなりの装飾をセンス良く施しているのが非常に好印象なわけです。
アルバムのテーマとしては難解ですが、先述の背景を少し頭に入れておけば十分楽しめるでしょう。現代ドイツを支えるスペーシーなメランジ・サウンド。とくとご賞味ください。
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関口竜太
東京都出身。ギタリスト、音楽ライター。 14歳でギターを始め、高校卒業と同時にプロ・ギタリスト山口和也氏に師事。 ブログ「イメージは燃える朝焼け」、YouTube「せっちんミュージック」、プログレッシヴ・ロック・プロジェクト「Mind Over Matter」を展開中。2021年から『EURO-ROCK PRESS』にてライター業、書籍『PROG MUSIC Disc Guide』にも執筆にて参加。
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