M-Opus「1975 Triptych」: 2014年に結成したバンドが1975年にリリースしたアルバムとは?現実世界をファンタジーにするアイルランドプログレの1st作品!
こんにちは、ギタリストの関口です。
本日は2015年に発表されたM-Opusのデビュー作をご紹介します!
1975 Triptych / M-Opus
M-Opus(エム・オーパス)はアイルランドのプログレッシブ・ロックバンド。
歴史的恨みの壁に風穴を開けるプログレッシブ・ロックの伝承者
アイルランドという国はイギリスの北西部に当たるのですが、17世紀にイギリスに侵略をされてから長らく植民地として弱い立場にある歴史を持ちます。その後1920年代には休戦協定「英愛条約」が結ばれますが、結局はイギリス連邦下にあることで歴史的に植民地支配に対する恨みが強いとされています。
そんなアイルランドの首都ダブリン出身のマルチプレイヤーJonathan CaseyとギタリストColin Sullivianによって2014年に結成されたM-Opus。
リーダーであるジョナサンは、Arch Stantonという別名義にて、1973〜1974年までのKing CrimsonのヴァイオリニストDavid CROSSのリーダーズバンドthe David CROSS Bandに参加する実力者。コリンはシンガーソングライターとしての一面を持ちながら、YouTube黎明期より映像作品を展開するクリエイティビティの持ち主です。
そんな彼らのデビュー作に当たる本作『1975 Triptych』は、1975年当時のプログレッシブ・ロックを再現するというコンセプトの下制作された実に発想力溢れる一枚!リリース自体も「1975年リリース」と架空づけることで現実世界をファンタジーに置き換えています。
ちなみに1975年というと、プログレにとっては衰退と転換の過渡期に当たる年で、有名な作品としてはPink Floydの『Wish You Were Here』、Camelの『The Snow Goose』、Rushの『Caress of Steel』などが挙げられます。
終わりの始まりではあるものの、成熟しきったとされるオーセンティック・プログレ期を再現というのはある意味合理的で、彼らが2014年発の新興バンドでありながら古き良き時代の伝承者であることには間違いありません。またイギリスで生まれたプログレというジャンルの最盛期をアイルランド人によって再構築しようというのがなんともグッとくる構図となっています。
アルバム制作にはこの二人の他、ドラマーにMark GriseとAran O’Malley、ベースにはOisin O’Malleyがゲスト参加。さらにニューヨークの由緒正しき交響楽団Greenwich Village Orchestraがその一大計画に賛同しています。
現在ではドラムのマークが正式メンバーとなった他、ベーシストにDarragh Dennisも新加入。今年2020年にニューアルバム『Origins』をリリースしています。
アルバム参加メンバー
- Jonathan Casey – Vocal, Keyboard, Guitar, Bass
- Colin Sullivian – Guitar, Vocal
その他参加ミュージシャン
- Mark Grise – Drums
- Aran O’Malley – Drums
- Oisin O’Malley – Bass
- Greenwich Village Orchestra
楽曲紹介
- Travelling Man
- Different Skies
i Snowflake
ii Throne of Polaris
iii The Tempest
iv Super Sonic Shock
v Ancient Light
vi S.A.D.
vii Every Day the Orbit
viii Magnetic North
ix Every Day the Orbit (Reprise)
x Flood
xi Endless Echo - Wasps
#1「Travelling Man」はYes、Genesisのようなハモンドとギター、ポップなメロディーで彩った8分弱のロックナンバー。コード進行から強烈に惹きつける独特のテンション感もそうですが全体的に各楽器が喧嘩せずクリアに聴こえるよう施されたプロダクションが心地よさを誘います。
変拍子やポリリズムも多用し、ファンタジックな展開の多さで聴かせますが決して嫌味にはならず、統一感のあるボーカルパートの合間でおもちゃ箱のように飛び出すフレーズがバラエティ豊かで鮮やか。「再現」とは言うもののそのサウンドは実にモダンなネオプログレです。
#2「Different Skie」は本作の中でも明らかに異質なハイライト。11部構成33分半にも及ぶ組曲で、先の五大プログレバンドのみならず1975年当時の様々なロックシーンサウンドが盛り込まれたM-Opusによるプログレnoteとなります。
冒頭の「i Snowflake」ではデジタル加工された金属的なボーカルとアンニュイな雰囲気が織りなすPink Floydライクのパート。一転「ii Throne of Polaris」ではテクニカルなギターリフとシンセサイザーとのユニゾンが楽しめるインストパートを展開しており、「iii The Tempest」〜「iv Super Sonic Shock」では第3期クリムゾンのようなえぐみの強いメタリックサウンドも披露。
11分を過ぎた頃に訪れる「vi S.A.D.」では叙情的なピアノとボーカルで語るバラードパートへ。さらに続く「vii Every Day the Orbit」ではU.K.などを彷彿とさせるジャジーなソロアプローチがあったりThe Tangentのような実験的なアンビエントであったりとその表情も多彩。
「ix Every Day the Orbit (Reprise)」では北欧プログレのような壮大なコーラスワークからアコギとパーカッションによる情熱的でオリエンタルなパートへ。この辺はシンフォプログレとして名高いRenaissance他、アイリッシュ音楽として進化してきた国の良さが反映されているように思いますし民族音楽って万人が素直に受け入れられる不思議な力を持っていますよね。
そして二つのラストパート「x Flood」〜「xi Endless Echo」へ。ここではストリングス満載のシンフォニック・ロックを展開しながら冒頭のテーマへ帰っていく構成を見せています。まさに1975年を旅する壮大なエピックですね。
3曲目にしてラストとなる#3「Wasps」。Pink Floydを強烈に意識させるレスリーギターが特徴で、リフレインするシンセサイザーとギターのディレイ音などでWasp=蜂を表現しています。歌の方もフロイドライクな浮遊感のあるサイケとトラッドフォークを基調としており、幻想的でエクスペリエンスな世界観は2010年代ロックとしては珍しいと言える一曲です。
組曲にもある「Snowflake」とはジャケットで描かれた雪の結晶のことですが、結晶というのはただ凍らせるだけでなくその場の環境に左右されて形成されるものです。特定の年代に絞って再現するという試みもさながら、それらを最大公約数的にまとめ上げた結果、全く新しいネオプログレッシブ・ロックへ昇華した面白い実験内容の本作は、コンセプトという意図とは別に生まれるべくして生まれたアートロック作品として芸術的に仕上がっています!