Rush「2112」: 自分たちの信じるスタイルを貫く重要性。崖っぷちから放った起死回生の一打!
by 関口竜太 · 2020-01-15
おはようございます、ギタリストの関口です。
今日は未だ衝撃と喪失感の抜けないRushを取り上げていくのですが、本当ならNeil Peart逝去の記事でこのアルバムについて続けて書こうと思ったんです。
しかし書いてたら絶対暗い気持ちになってしまうし、それはこのアルバムを好きな多くの人たちに申し訳ないなと思いとどまり別記事として今日ご紹介となります。
2112 / Rush
Rushはカナダのプログレッシブ・ロックバンド。
初めはLed Zeppelinのようなハードロックバンドだった
まず、Rushは2018年の解散まで非常に長い活動を続けたバンドで、特に80年代の印象が強いために当時全盛であったHR/HMバンドと比べられたりするのですが、その結成自体は1968年。これはThe Beatlesの晩期やプログレッシブ・ロック黎明期と重なり、当時の音楽性で見てもLed Zeppelinと同期に当たる古株のバンドだということを心得ておきたいです。
唯一のオリジナルメンバーを貫いたギタリストAlex Lifesonを中心に、ベーシストJeff Jones、ドラマーJohn Rutseyの三人で結成されます。しかし結成から数週間、二度目の舞台に上がろうかというころにジェフが脱退。新たにベースボーカルとしてGeddy Leeが加入します。
三人は地元のバーや路上ライブでスキルを磨きながら音源制作へ乗り出しますが、当時レコード会社からは見向きもされなかったので自社レーベルとしてMoon Recordsを設立。1973年にアメリカのロックシンガーBoddy Hollyのカヴァーである「Not Fade Away」を収録したシングルをリリースします。
シングルそのものへの反応は知れたものでしたが、同じ頃に当時のマネージャーRay Dannielsの紹介により、後にRushとの強力タッグを築く名プロデューサー兼エンジニアのTerry Brown氏と知り合います。
1974年、Led Zeppelinのそれに則ってセルフタイトルの1stアルバム『Rush』をリリース。最初は地元以外では話題になっていませんでしたがラジオで収録曲「Working Man」が流れたことで知名度が上がりレコード会社との契約まで漕ぎ着けます。しかし同時期にドラムのジョンが糖尿病を発症、バンドを続けられなくなり脱退していまします。
オーディションにより新たにNeil Peartが加入。紆余曲折あった1974年でしたがこのニールがバンドに新たな風を吹き込んでいきます。
プログレへ方向転換、伸び悩んでも貫いたスタイルの先にあるもの
ニールはドラマーとしての才覚だけでなく、1stアルバムまでゲディが主に担当していたバンドの作詞も担当。一方でゲディやアレックスはバンドの方向性をよりプログレッシブなものへシフトし、これにより複雑なアレンジと楽曲構成でありながら非常に文学的内容となったアルバム『Fly by Night』が完成します。
『Fly by Night』では8分を超える長尺曲を収録した他、続く1975年『Caress of Steel』においても「The Necromancer」や「The Fountain of Lamneth」といった10分を大幅に超える大作曲を収録することでRushはプログレッシブ・ロックバンドとしてスタイルを確立していきます。
しかしながら最初はそれを快く思わない批評家もおり、元がブルースベースのハードロックだっために「方向転換が急すぎる」「大作曲と小曲とのギャップが激しい」などの批判もありました。
実際、『Fly by Night』に比べて『Caress of Steel』ではツアーでの反応があまり良くなかったと記録がありファンからもこの時のツアーは「Down the Tubes Tour」と呼ばれています(ガリバートンネルみたいなイメージ?)。
また長尺になったことでラジオなど決められた時間しか与えられないメディアでの露出も減りました。このことに所属レーベルのMercury Recordsも契約破棄寸前の難色を示しましたが、マネージャーのダニエルが本社まで出向き直談判したことでレーベルも次のアルバムへ青信号を出すことなります。
青信号と言っても要するにラストチャンスに近いニュアンスなわけで後が無くなったRush。レコード会社や周囲からはもっと万人がアクセスできる商業的なアルバムを求められますがバンドはそれらを完全に無視。今、自分たちがやりたい方向性を行うと炎上・解雇覚悟でプログレッシブ・ロックの道を突き進みます。
そうして完成した本作『2112(邦題:西暦2112年)』は7つのセクションから成る20分超えのタイトルトラック「2112」を収録しながらもカナダのチャートで5位、アメリカでは最高61位ながら37週チャートに居座るロングセールスを記録。Rush初となるトリプルプラチナアルバムとして大ヒットを記録することとなります。
アルバム参加メンバー
- Geddy Lee – Vocal, Bass
- Alex Lifeson – Guitar
- Neil Peart – Drums, Percussion
その他参加ミュージシャン
- Hugh Syme – Synthesizer on #1-1, Mellotron on #5
楽曲紹介
- 2112
Ⅰ. Overture
Ⅱ. The Temples of Syrinx
Ⅲ. Discovery
Ⅳ. Presentation
Ⅴ. Oracle: The Dream
Ⅵ. Soliloquy
Ⅶ. Grand Finale - A Passage to Bangkok
- The Twilight Zone
- Lessons
- Tears
- Something for Nothing
プログレバンドとしてのスタイル確立を明白にした初期の名盤。
先述した通り、#1「2112」は7つのセクションから成る20分の長編組曲。文明が崩壊した西暦2112年を舞台としたSF的内容で、ロシア系アメリカ人の作家Ayn Randの小説「アンセム」からの影響が強いと言われています。もっとも、作詞を担当したニールは当時その小説を読んだことはありませんでしたが、筋書きや主題の酷似を指摘されると「無意識的な影響があったのだと思う」と受け入れるとクレジットに「the genius of Ayn Rand(アイン・ランドの非凡な才能)」という一文を付け加えました。
また、『Fly by Night』には「Anthem」という曲が収録されていたり、カナダでのレコードレーベルはAnthem Recordsだったりと何かと「アンセム」に縁があります。
「Ⅰ. Overture」冒頭ではまさにSFを意識させる宇宙的なSEからスタート。ディレイを効かせながらも歯切れがいいブレイクからスピード感溢れるメインリフが高揚感を誘います。「Ⅱ. The Temples of Syrinx」はそんなメインリフ上で歌われているのですが、長尺曲にも関わらず初めの歌パートが陰鬱に止まらないというのは当時では新しかったのではないでしょうか。
ナチュラルなクリーントーンとロックサウンドの緩急で奏でられる「Ⅲ. Discovery」「Ⅳ. Presentation」。静かな展開の中でも自由にaccel.したり爆発的にバンドが入ってまた消えたりと、硬派な音楽であるプログレのイメージから解き放たれた自由さはロックンロール勃興時のようなエネルギーを感じます。
パート5となる「Ⅴ. Oracle: The Dream」。アレックスのワウを使ったソロは発展途上であるものの近未来ディストピアを表現する上でのカオスな雰囲気が強調され返って効果的。ちなみにOracleとは占いの意味。
「Ⅵ. Soliloquy」はパート1のリプライズ的ニュアンスがあったりラストパートとなる「Ⅶ. Grand Finale」への大きなブレイクがあったりと物語の佳境へ向けて展開。ラストはイントロのリフをモチーフにソロもとりながらドラマティックなエンディングを迎えていきます。
残りの5曲は尺こそコンパクトなもののいずれもキャッチーな良曲揃い。音楽性はまた少し違いますがアルバムの構成としてはEmrson, Lake & Palmerの『Tarkus』に近いですね。
#2「A Passage to Bangkok」は独特なギターリックがフックを効かせたロックナンバー。リズミックなビートにダブルチョーキングなどパワフルなギターソロが光ります。
#3「The Twilight Zone」はゲディのハイトーンが際立ったナンバーでシャッフルとストレートを交互に繰り返しながらプログレらしい陰鬱さが滲み出た一曲です。
アレックス作詞の#4「Lessons」。Rushらしい明るい雰囲気を持つフォークソングで、サビではベースラインがぬるぬる動いたりゲディのシャウトにギターがユニゾンしたりとバンドの余裕を感じられます。
#5「Tears」はアコギのアルペジオからなぞるようにボーカルが入るバラード曲。この曲でのメロトロンを弾いているのはジャケットデザインで有名なHugh Symeで、もちろん本作のジャケットも担当。
#5とラストソング#6「Something for Nothing」はゲディ作詞。ニールに作詞を譲った理由として、ゲディには元々詞に対する興味があまりなかったということが挙げられます。
クリーンコーラスのアルペジオ、ベースライン、ドラムのシンコペーションに至るまで全てが素晴らしい#6において長い旅であったアルバムは終幕。トータルで見れば40分にも満たないないようですが満足感と完成度の高い作品へと仕上がり、ここからさらに40年続くRushの歴史とプログレッシブ・ロックの歴史に確かな一歩を刻みました。
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関口竜太
東京都出身。ギタリスト、音楽ライター。 14歳でギターを始め、高校卒業と同時にプロ・ギタリスト山口和也氏に師事。 ブログ「イメージは燃える朝焼け」、YouTube「せっちんミュージック」、プログレッシヴ・ロック・プロジェクト「Mind Over Matter」を展開中。2021年から『EURO-ROCK PRESS』にてライター業、書籍『PROG MUSIC Disc Guide』にも執筆にて参加。
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関口竜太
東京都出身。ギタリスト、音楽ライター。 14歳でギターを始め、高校卒業と同時にプロ・ギタリスト山口和也氏に師事。 ブログ「イメージは燃える朝焼け」、YouTube「せっちんミュージック」、プログレッシヴ・ロック・プロジェクト「Mind Over Matter」を展開中。2021年から『EURO-ROCK PRESS』にてライター業、書籍『PROG MUSIC Disc Guide』にも執筆にて参加。
素晴らしいバンド。
テクニックもなにもかも素晴らしい3人でしたね。
残念でなりません。
ご冥福をお祈りします!
(=^・^=)