Martin Orford「The Old Road」: ベテランキーボディストが送る有終の美!自らの原風景に立ち返ったノスタルジックプログレ!
by 関口竜太 · 2019-09-08
おはようございます、ギタリストの関口です。
さっそく本日もプログレ作品の紹介に参りましょう!
The Old Road / Martin Orford
Martin Orfordはイギリス・サウサンプトン出身のキーボディスト。1981年に結成されたネオプログレッシブ・ロックバンドIQのキーボディストであり長きに渡り活躍しますが2007年に脱退。
有終の美を飾る引退作
先に言っておくと、2008年リリースの本作はMartin Orfordのソロアルバムでありこのアルバムリリースを最後に彼は音楽家を引退しています。
今日はその2008年に向け語っていきましょう。
1970年代の全盛プログレッシブ・ロックはパンク、ニューウェーブの台頭により廃れ、当時のバンドは解散か存続をかけた方向性の変更を余儀なくされました。
息を潜めた暗黒期の中で、やはり70年代のプログレはよかったと再評価の兆しが見えた1980年代、82年にデビューしたMarillionを筆頭にネオプログレッシブ・ロック(ポンプ・ロック)と呼ばれるジャンルが発足することになります。
Marillion「Script For A Jester’s Tear」: 80年代に勃興したプログレ新スタイル「ネオプログレッシブ・ロック」。敵はプログレファンだった!?
ネオプログレと呼ばれるバンドは他にもPendragon、Magnum、Arenaなどが存在しIQもその一つと世間からは認識を受けています。
80年代に一つのジャンルを築いたネオプログレッシブ・ロックでしたが、一方では「70年代の真似事」など批判の声も多く、それに反発したオーフォードは後にこの「ネオプログレッシブ・ロック」という言い方そのものに否定的な態度を示しました。
ネオプログレバンドIQ
IQはギターMike Holmes、ベースTim Esau、ボーカルPeter Nicholls、ドラムMark Ridout、そしてキードボードMartin Orfordの5人により1981年に結成。
結成から1年後の1982年にドラムのマークが脱退しPaul Cookが加入、そこそこ激しいメンバー変遷の中でこの5人が強いてはベストメンバーかなといった具合です。
先ほど言った様にオーフォードはネオプログレという言葉に否定的であり、それはIQ自体がPeter GabrielとSteve Hackett時代のGenesisを目標にしていたからで、オーフォード自身も2000年からのソロ活動を通じてKing CrimsonやAsiaのレジェンドベーシストJohn Wettonとの共演を実現している実績があります。
そこには先人に対する敬意の他、時代に左右されないプログレッシブ・ロックの精神があり、ホルムズのエッジの効いたギターがハード路線も提示したことであくまで「80年代のプログレ」であろうとした彼らの姿勢が詰まっています。
そうしてIQで活動を続けたオーフォードでしたが2007年に脱退。本作「The Old Road」にて音楽活動に幕を引くこととなります。なおIQと並行して活動していたプログレバンドJadisも引退に伴って2006年の「Photoplay」が最後の参加アルバムとなりました。
アルバム参加ミュージシャン
- Martin Orford – Keyboard
- John Wetton – Vocal, Bass
- Nick D’Virgilio – Drums
- Dave Meros – Bass
- Steve Thorne – Guitar
- John Michell – Guitar
- Gary Chandler – Guitar
- Dave Oberle – Chorus
- David Longdon – Vocal
- Andy Edwards – Drums
- Mike Holmes – Guitar
まさに音楽家人生を締め括るめちゃくちゃ豪華なメンバー。
自身の所属したIQからはAndy EdwardsとMike Holmes、JadisからはGary Chandlerと上記二つのサポートメンバーSteve Thorne、当時のSpock’s BeardからNick D’Virgilio、ニックも在籍しているBig Big TrainのDavid Longdon(本作のメインボーカル)、ネオプログレの実力者を集めたスーパーグループFrost*からテクニカルギタリストJohn Michell、そして70年代のレジェンドからGryphonのDave Oberleをコーラスに迎え、さらにKing Crimson、AsiaのJohn Wettonまで参加したお祭りのようなラインナップとなります。
楽曲紹介
- Grand Designs
- Power and Speed
- Ray of Hope
- Take It to the Sun
- Prelude
- The Old Roads
- Out In the Darkness
- The Time and the Season
- Endgame
「The Old Road」というのは色んな解釈の仕方があると思いますが、個人的にこれは「原風景」というものに当たると思っています。
原風景というのは、その人にとって記憶の中で最も古く印象に残っている風景や光景であり、つまりは幼少期におけるルーツとも言える奥深い部分。人によってはしばしば懐かしさを覚えたりその後の人生に影響を及ぼしたりします。
オーフォードがキャリアの最後に選んだ本作はまさにそんなプログレの原風景と言えるような全盛期のオマージュ。そしてキーボディストとしての自分の音楽キャリアを振り返った集大成とも言える作品です。ジャケットのレターボックス風黒帯やおそらく彼の幼少期を表したかのような自然溢れる景色がまさにそれです。
#1「Grand Designs」から、まるで彼の根幹に触れ共有したかのようなプログレッシブの大作。10分の曲の中にはIQで求めたGenesisのような壮大なテーマあり、近年のBig Big Trainに見るような一種の「旅」に赴く前向きな姿勢が感じ取れます。後半はフルートとギター、スネアロールによるヘヴィなマーチングからエモーショナルなワウソロを経てテーマに戻る名曲です。
スピーディで爽やかなピアノとアコギから始まる#2「Power and Speed」。ストリングスやハモンドオルガンはもちろん、キャッチーなリフありウェットンのアタック感の強いベースも存在感たっり、テクニカルなギターソロもあるインスト曲です。
12弦ギターとロンドンのボーカルが印象的な#3「Ray of Hope」はキーボディストらしい上品なソングライティングを感じる一曲。続く#4「Take It to the Sun」は80年代風プログレやJourney、Totoといったアメリカン・プログレ・ハードの流れを踏襲したロックナンバー。
美しいピアノの小インスト#5「Prelude」を抜けるとトンネルの向こうは原風景でした。タイトルナンバー#6「The Old Road」はシンセの音色が80年代風でありながらJ-POPに通ずる懐かしさを思い出させ、ふわっと漂うシンセとチェンバロが裏で鳴り続けることで記憶を辿っていくような造りなっている点が素晴らしい一曲です。
ディレイを使ったクリーンギターのアルペジオとシンセとのシーケンス風ユニゾンにより現代へ戻ってきたことを示唆する#7「Out In the Darkness」。パワフルで温かみのあるロックサウンドでありながら3:30〜から聴ける柔らかなYes的多重コーラスも必聴。
#8「The Time and the Season」は本作唯一10分を超える長尺ソング。ご機嫌なロックンロールリフにSAW波形リードシンセと#1をリプリーズしたような明るいテーマが響きます。全体を通してGenesis寄りのアルバムですが特にこれは顕著。
これらの曲を頼りにオーフォードの人生を振り返るとラストとなる#9「Endgame」はそのサウンドも含め一層込み上げてくるものを感じます。アコギとチェンバロが少し寂しそうに響くイントロですがロンドンが声を張るとバンドが入り、ハーモナイズしたリードギターにより奏でるテーマで静かにフェードアウト。キラキラと地面に残ったシンセの粒を映し一本の映画を見終えたかのような余韻に浸れるラストです。
最後に
プログレ作品ならず一人のプレイヤーの作品として聴いてもとてつもない完成度です。
一方で、なんてことない男の人生の一端をドキュメンタリーにしましたという本作はそれそのものはありふれたものかもしれませんが、聴き終えた後訪れる無性なる寂しさはノスタルジーとも言える男性的なロマンの詰まった名作です。
これだけ素晴らしいプレイヤーの作品がもう聴けないのは残念でなりませんが、音楽家を辞めた残りの人生をまた別の形で紡いでいってくれることを願っています。
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関口竜太
東京都出身。ギタリスト、音楽ライター。 14歳でギターを始め、高校卒業と同時にプロ・ギタリスト山口和也氏に師事。 ブログ「イメージは燃える朝焼け」、YouTube「せっちんミュージック」、プログレッシヴ・ロック・プロジェクト「Mind Over Matter」を展開中。2021年から『EURO-ROCK PRESS』にてライター業、書籍『PROG MUSIC Disc Guide』にも執筆にて参加。
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