Pink Floyd「Atom Heart Mother」: 人々が初めて「プログレ」と呼んだその日。
by 関口竜太 · 2019-09-05
おはようございます、ギタリストの関口です。
みなさんは「プログレッシブ・ロック」っていつから呼ばれるようになったかご存知ですか?
今日はそんな切り口からこのアルバムをご紹介していきたいと思います。このジャンルに魅了されてしまったプログレッシャーのみなさんには今更なのですが初心者にも優しくがモットーの当ブログ、どうかお付き合いください。
Atom Heart Mother / Pink Floyd
Atom Heart Mother (Remastered Discovery Edition)
Pink Floydは、イギリスのプログレッシブ・ロックバンド。1960年代後期〜1970年代にかけて最盛した同ジャンルの先駆者にしてその後広く影響を与えた五大プログレバンドの一角。
プログレの起源
プログレッシブ・ロックの登場自体は1969年のKing Crimson「The Court Of The Crimson King」とも言われているしそれより前の1967年、Procol Harum「Procol harum(青い影)」とも同年The Beatlesの「Sgt. Pepper’s Lonely Hearts Club Band」言われます。
ルーツとしてはそれまでのロック音楽にジャズやクラシックを混ぜたものでありジャズで言えばDave Brubeckの1959年「Blue Rondo À la Turk」がそれに当たったり、クラシックならもう20世紀ですらなかったりします。
何はともあれ1960年代後期に生まれたことは間違いなさそうですが、何もジャンルの登場と同時に名前が決まるわけでは当然ありません。
サイケデリック・ロックとSyd Barrett
一方で、黒人のブルースロックから派生し薬物をテーマに(使用者にとっては)煌びやかな幻覚を扱ったサイケデリック・ロック。こちらも1966年、The Beatlesの「Revolver」というアルバムが初と言われ、このジャンルに区分されていた中には正真正銘薬物に魅了された男Syd Barrett率いるPink Floydというバンドがいました。
当時のPink Floydはバレットのワンマンバンドと言われ、音楽性というよりガチのヤク中が暴れる文字通りサイケデリックなバンドでした。LSDの過剰摂取により徐々にバレットの奇行が目立つとそれをフォローする形でDavid Gilmourが加入するなど対策が取られますが、結局68年にバレットは脱退してしまいます。
そうして5人から一人抜けたPink Floydは新たにRoger Waters、Richard Wright、Nick Mason、そしてDavid Gilmourの4人で再スタートを切ることになります。
プログレッシヴ・ロックの道
その中で次にバンドを引っ張ることとなったのがRoger Waters。ロジャーは第二次世界大戦で父親を失ったトラウマを抱え、その心的内向性と物事を思慮深く見つめる人間性が書く歌詞がバンドのテーマやちょうど時代の真っ只中に入っていくロックシーンに深く突き刺さることとなります。
そして1970年発表の本作「Atom Heart Mother」において日本盤の帯にこんな言葉が生まれてしまいます。
「ピンク・フロイドの道はプログレッシヴ・ロックの道なり!」
これは当時東芝EMIの名物ディレクター石坂敬一氏(2016年没)が書いた言葉でありこの形容しがたいジャンルが初めて日本でプログレッシブ・ロックと呼ばれた瞬間でした。
メンバー
- Roger Waters – Vocal, Bass
- Richard Wright – Keyboard, Vocal
- Nick Mason – Drums, Vocal
- David Gilmour – Guitar, Vocal
楽曲紹介
- Atom Heart Mother
- If
- Summer ’68
- Fat Old Sun
- Alan’s Psychedelic Breakfast
原題である「Atom Heart Mother」からそれぞれ「原子」「心」「母」と直訳され「原子心母」と名付けられた邦題は世界中で大ヒットを記録。
牛がデザインされたシンプルで印象強いジャケットはイギリスのアート・デザイナーチームHipgnosis(ヒプノシス)によるもので、それまで楽曲を手がけたアーティストや楽器単体、イラストが多かったCDジャケットに芸術性を持たせた草分け的存在です。
本作のジャケットもデザインした時は「Pink Floydの文字もない」とレコード会社から難色を示されましたが本作が全英1位にランクインすると手のひら返し、以後「仕事がしやすくなった」という逸話付きです。
話は脱線しましたが本作の目玉は何と言っても23分に及ぶ大作#1「Atom Heart Mother」。6部構成から成り立ち、管楽器やコーラスをメインに雄大でクラシカルな雰囲気が漂うシンフォニックロック。
9分ごろからの男女混合によるスキャットコラースはミステリアスかつ荘厳で緊張感に溢れ、さらにバンドが加わるまさにこれまでにない音楽の提示です。10分以降におけるバンドアンサンブルはグルーヴィなリズム隊にリチャードのオルガン。ソロとバッキングの中間のような自由奔放な演奏の中、これまた流れるように自由なギルモアのギターソロが入っていきます。
初めて聴いたときはどこを聴いたらいいのか正直わからずかなり戸惑いましたが、誰にも邪魔されずこの空気に包まれることこそが楽しみなのだと気づくと、これから盛り上がっていくプログレッシブ・ロックの道がまさに見えてくる気がしてきて、それが本曲のブラスと見事にマッチングするのです。
ああ、プログレというのは視聴と理解に時間を有するなんと贅沢な音楽なのでしょうか。
あとこのアルバムについて書きたいのは#5「Alan’s Psychedelic Breakfast」。冒頭からSEで蛇口を捻り水を注ぐ音やマッチを擦る音などが収録される、朝のワンシーンを切り取ったような一曲で、僕がこのアルバムをまだよく知らない頃、バイト先のスーパーでこの曲について話してくれる仲間がいました。
「ライブではメンバーが実際にステージに用意されたテーブルでコーヒーを飲んだりシリアルを食べるんだよ」
なんじゃそれはと当時の僕は思ったものですが数年してようやく追いついて、この曲を聴くと彼のことを無性に思い出します。
このアルバムを通した彼もまた僕にとっての「プログレッシヴ・ロックの道」の一人だったに違いありません。
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タグ: 英プログレPink Floyd
関口竜太
東京都出身。ギタリスト、音楽ライター。 14歳でギターを始め、高校卒業と同時にプロ・ギタリスト山口和也氏に師事。 ブログ「イメージは燃える朝焼け」、YouTube「せっちんミュージック」、プログレッシヴ・ロック・プロジェクト「Mind Over Matter」を展開中。2021年から『EURO-ROCK PRESS』にてライター業、書籍『PROG MUSIC Disc Guide』にも執筆にて参加。
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